役を超えない、を徹底する


常に自分のすべきことを全うしていれば、
自分を良く見せる必要もないし、
どんな結果も潔く受け止められる。

「役を超えない」というのは
「自分のついている役職の領分を超えないこと」ということなのだけど、
私の知りうる中でもっともこれを徹底していて、
職業人として目標にしているのは、他でもない父の姿だったりする。
 
 
与えられた役割に求められることを徹底的にするだけでなく、
自分が対応することになるかもしれないあらゆるリスクも想定して
その対策まで徹底的に考え抜いて仕事に臨む。
 
 
決して、役を超えない。
人のすることに口出ししない。
 
でも決して自分以外のことを考えないのではなくて。
自分の与えられたことを徹底することが、
自分に関係するあらゆる方面に迷惑をかけず、
全体に貢献することになると考える。
 
 
思考は自分を超えて周りのことまで考えるけれども、
行動はあくまでも自分の役の範囲をこえることはない。
  
  
父にとって、仕事というのは
常に「責任を全うする」ということなのだと思う。
(親にこんな言葉を使うのは失礼かもしれないけれど)
愚直と思えるほど、徹底的に、自分のすべきことに向かう姿。
 
 
もうとっくに定年と言われる年齢は超え、
70歳に手が届く今でも、父自身が「辞める」と言わない限り
現役でいることを求められているのをみると、
数十年間、「全うする」ということを徹底してきた重みや
仕事に向かう心構えのようなものの「物凄さ」を感じる。
 
 
立場が上になればついてくる特典
(出張時に良い部屋に泊まれるとか、
 ゆったりした席で移動しても良いとか)など
一切興味なく、どこへ行くにもエコノミーで移動し、
出張した先でいちばん上の立場であっても
一番現場に近いか、あるいは現場に泊まり込むような父。
 
学生の頃は「もう相当偉い立場なんだから、
もっと上役らしく振る舞えばいいのに」なんて
浅はかなことを思っていたけれど。。。苦笑
 
  
仕事で迷った時、失敗した時、
父に話をすると、こんなことを言ってくれる。

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必死でやって失敗したら謝って次に同じ間違いをしないようにすればいい。
役を全うしようとするならば、失敗を恐れている場合ではないし、
そもそも失敗したらどうしようなどということを考えることもない。
いくら偉くなっても、楽をしようと思った瞬間に足元をすくわれる。
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どうすれば良く見られるか。
上に行くにはどうすれば(どう振る舞えば)良いか。
なんてことを考えるヒマがあったら、

 

「役を超えず、全うする」ために
■今日私は何ができただろうか。
■明日私は何ができるだろうか。
を考え続けるプロでありたいと思う。