苦手は克服しなきゃいけないのか、という話


苦手を克服しようと頑張るのと、
苦手なままの自分で今できることをしていくのと
どちらが有意義で、目標への近道になるだろうか。

学生時代にびっくりした、
忘れられない母の言葉。

 

「私な、子供キライやねん」

 

あ、、、そ、そうなの。。。
お母さんが子供キライなんはええねんけどね。
それ、私に言うか。。。(笑)

 

母はお花の師範の資格を持っていて
「どうして教室するとか教えに行ったりしないの?」と聞いた時に
教えてくれた理由が「子供がキライだから」だったのね。

 

つまり母は「子供は苦手」であることを変えずに
ずーっと「子供はキライ」なまま、
私と妹をしっかり育ててくれたということ。
苦手を得意にしようとは、思わなかったんじゃないかな。

 

「子供一般(?)」は苦手だったかもしれないけど
我が子である私たちには十分すぎる子育てをしてくれたし、
私は母が「子供嫌い」だなんて、その時まで知らなかったわけで。

 

「子供が苦手」だからこそ、
無条件に「子供が好き!!」と言えるお母さんよりも
いろんなことを考え、悩み、子育てしてきたのだろうと思う。

 

かく言う私も母と同じで、
逆立ちしても「子供好き!!」とは言えない。
むしろ、子供苦手(苦笑)
でも自分の子供は自分の命より大事だし、
他の子供とも普通に接するし、学校関係の役目も好き。

 

苦手だからこそ、
子供とのコミュニケーションをもっと学びたいし、
学んだことを実践して子供との時間をもっと楽しみたい。

 

子供のことだけでなく、いろいろな場面で、
苦手を得意にしようとするより、
「苦手な自分」のままで
達成したい目標に近づく方法を考える方が楽だと思う。

 

苦手意識をなくすのは、性格を変えるような難しさがある。
そもそも苦手なものを得意に変えることなんて、
そう簡単にできる気がしない。。。(少なくとも私には)

 

けれども。
苦手をそのままで、苦手だからこそできることとか
苦手な私でも課題をクリアしていくための工夫を考えるのは
感情的な抵抗感がなく、ゲーム感覚で楽しめる気がする。

 

「苦手だからうまくいかない」
「苦手意識を何とかしなきゃ」と足掻いていた私に
予想外の変化球的な質問で「苦手な私でいい」という視点をくれた
コーチと、コーチングに私は救われたと思う。

 

子供好きじゃなくても、子供との時間を最高にすることはできる。
苦手からスタートするからこそ、得意な人よりうまくいくこともある。

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苦手なものは苦手でいいんじゃない?
苦手なままでも、やるべきことをこなす方法はいくらでもあるし、
苦手でも平均点以上の結果を出すことなんて
やり方と工夫さえできればそう難しいことでもない。
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今も昔も私は数学が苦手だけど、
それでも国立2次で数学を受けるくらいの成績は取れたし、
地理はキライだったけど歴史ができたから社会科で不自由もしなかった。
苦手は苦手なままでも、できることはたーくさんある。

 

苦手から見つけた工夫こそが、
得意な人のセンスや自然体よりも
再現性のある成功法則につながるのかもしれないね。